志村けんさんの-人生は笑いに満ちている-その意味する深い意味とは?

 志村けんさんの急逝

志村けんが突然新型コロナウイルスに侵されて他界されました。

そこで、今年4月4日の NHK で5時15分から45分間にわたり志村けんさん偲んで「となりのシムラ」という番組が放送されました。

サブタイトルとして「人生は笑いに満ちている」という興味深いタイトルがついていました。

アンコール放送というだけあって、志村けんが本来持っている笑いのツボを押さえている所をうまく引き出していて、なるほどこれならアンコールされるだろうなといういい作品になっていました。

実は小生、昔の「バカ殿」とか「変なおじさん」の「つまらない場面のしつこすぎる繰り返し」などにはうんざりしていて、あまり良い評価はしていなかったのですが、以前 NHK でやはり志村けん 自身の脚本ではないドラマを見たことがありますが、この時も非常に唸らされて感心した覚えがありました。

その時、この人は脚本さえ良ければ絶対に大喜劇俳優になれるなあ、という実感を持ったことがあります。 

自分の直感を自慢するわけではないですが、あの今や巨匠とも言ってももいい実力を発揮されておられる山田洋次監督のもとで志村けん出演の作品を作る予定があったということを聞いてとても残念に思いました。

とても大勢の人が是非見たかったという強い思いがあったと思います。

同じく NHK の朝のドラマ出演に対しても同じ思いです。

本当に惜しい人が逝ってしまい、心からのご冥福を祈るばかりです。
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なぜ志村さんは新コロナに感染して急逝したか

志村けんさんの場合、新コロナウイルスに感染してなぜ重症化して死に至ったかと言うことですが,その第一の要因は、やはり長年やめることができなかったバカにならない大量のタバコと酒による免疫力低下にその第一の原因があったようです.

WHO のデトロス事務局長は中国の暗黙のプレッシャーからの発言が多いのであまり信用ができない人物ではありますが、この人が言っている「喫煙は重症化しやすくなる危険を孕んだ一大薬物である」との見解は間違いのないところです。

村中璃子医師によると「持病のあるなしに限らず、喫煙は今度の新型コロナウイルスを含む、とにかく呼吸器感染症を悪化させることが確実なリスク要因である」との見解を発表しています。

東京都の医師会も「喫煙者は非喫煙者と比べて重症化率が2.2倍、死亡率においては3.2割」という見解を発表しています。

志村さんは若い頃からアメリカンスピリットなるタバコを1日2箱から3箱を毎日吸うヘビースモーカーであったようです。

これで肺がやられない方がおかしいし、現実に既に肺炎で2週間ほど入院した経験が既にあります 。

さらに免疫力低下を引き起こす原因としての飲酒があります。 

志村さんは朝の6時までガールズバーという女性のいる所で酒・タバコを飲みながらそのまま朝に仕事に行って、終わったらまた酒を飲むというそういう酔生夢死(すいせいむし)ならぬ酔酒夢死(すいしゅむし)のうちに帰らぬ人となってしまったわけです 。

志村さんの表札

確かにこんな生活をしていては治るものも治らないでしょう。

第1に、これでは何と言っても本来人に備わっている自然治癒力という不思議な力が働かない。

一口に自然治癒力といいますが、医者の世界においても、この自然治癒力というのは分かっているようで分からない不思議な命の働きだと思います。

医学界で一般に分かっている自然治癒力の働かせ方はというと、

1、 質の良い睡眠を十分取ること

志村さんの場合、長年、ガールズバーで朝の6時頃まで”酒とタバコの日々”ではこの第一の自然治癒力の条件には大いに反しています。

2、栄養のある食事をバランスよく十分取る

栄養のある食事といえば、我々は即座においしい食を連想しますけれども、美食必ずしも健康には良くないというのも医学界の常識です。

糖尿病患者は、大抵の場合美食家です。

この点で志村さんも理想的であったかどうかは大変怪しいと言えます。
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自然治癒力の最も大事な源泉とは何か

以上のことは常識となっている自然治癒力の2大条件ですが、実はこの自然治癒力にとってさらに重要な考えを述べてみたいと思います。

それは何かというと、自分のことを常日頃どう思っているか、という自分に対する自己像とでも言いますか、これが非常に大事だ、ということを知る人は医学者を含めて極めて少ないのではないかと思います。 

言い換えますと、自分をどう思っているかという自己像、これが実はその人の人生を大いに決定している要因であるというカラクリをご存知の方は極めて少ないのではないかと思います。

この考えは22世紀には常識となるとは思いますが、現段階では仮説の域を出ないかもしれません。 

自己像があなたの未来を決める

ではその仮説を簡単に申し 述べてみたいと思います。

自分とは何かの自己像

自分のことをこの肉体だ、と思っている、この境が歴然とある肉体の物体というものが自分であると思っていると、そういう自己像においては本来大宇宙と繋がっている自然治癒力はあまり働かないという事実があります。

この仮説には、自然治癒力というものは広く宇宙大的に働いているから、「肉体人間という私」の自覚が、その境のない中での自然治癒力の働きを自分の中で自ら堰(せ)き止めて閉めてしまっているからです。

ところが「私(個人的私)」が、”こころ”=”わたし(一ついのちの自分)と言うひらがなで表現する広大無辺な存在の自覚を持てるようになると、その宇宙大の中で働いている自然治癒力とつながりよく働いて病気をも快方に向かわせる働きが顕著になるということです。

なぜかと言いますと漢字の表現の「私」という肉体人間が、”わたし”という 宇宙的規模の ”わたし”の自覚を持つと解除されるから、元々宇宙的規模を持って働いている自然治癒力が働き出すということです。

これは自分の体験上から申し上げていますが、無論まだまだ検証も必要なので絶対とは今直ちに断言することはできませんが、有力な仮説であることは確かだと、密かに思っています。

まあそういうこともあるかという軽い気持ちで心に留めておかれれば幸いです。
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人生は笑いに満ちている

最後に、志村さんとは切っても切れない「人生は笑いに満ちている」というこのタイトル、これには実は深い意味があるように思います。

人はなぜ笑いを求めるのでしょうか。

なぜ人々は心の底から笑い、笑いのある人生を強く求めるのでしょうか。

本能的に求めるから仕方がないと言えばそれまでですけども、これにはやはり”いのち”の実相の世界の中に深い根拠があるように思います。

この大きく広い大自然においては、大は天に輝く太陽や月や星の世界をはじめ、地上においても生きとし生けるものは全て、般若心経式に言えば、目に見える色界 のすべての世界も、 空(くう)という絶対実在界にあると思われる”無条件の喜び”というものが支えているからこそ、あのように一木一草に至るまで喜び微笑(ほほえ)んでいるように見える景色があるのだと思います。

だからこそ。この大自然が微笑んでいるように見える春夏秋冬の姿を見るために、観光に行ったり旅行をしたりして人びとは人生というものを楽しんでいるのです。

万物に宇宙の生命が、無条件の喜びをもって宿っているからこそ、空を飛ぶ鳥も「自(みずか)らは播(ま)かず、刈らず、倉に納めることもしないのに」養われているし、「労せず紡(つむ)ぐこともしないのに」野のユリを咲かせてその美しさを装(よそお)ってくれています。

私たち人間においても、この生命を根底で支えている”見えざる力”はその奥に”無条件の喜びと微笑み”を包含(ほうがん)しているのです。

それが人が心の底から笑いたいと思い、人々が笑いを求めるゆえんなのではないかと思います。

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